北野唯我さん著、「天才を殺す凡人」を読了しました。
- ざっくりとした要約
- 読み終わっての感想
- 買うべきかどうか
についてお話ししていこうと思います。
買うべきか悩んでいる人は是非参考にしてみてください。
「天才を殺す凡人」の要約
人の才能とは
人の才能はざっくり分けると3種類あり、それによって凡人・秀才・天才に分類することができる。
- 凡人は共感性に長けている
- 秀才は再現性に長けている
- 天才は創造性に長けている
という、それぞれ特徴を持っている。
では、彼らは社会の中でそれぞれどのような役割を担い、どう向き合っていけばいいのか?
凡人・秀才・天才の関係性
3者の関係性は以下のようになっている。
コミュニケーションの断絶は「軸」と「評価」の断絶によって起こる。
- 軸とは、その人が価値を判断する上での基準であり、
- その軸を元に、人は評価する。
凡人・秀才・天才は、この「軸」が根本的に異なるため、共感し合うことが難しい。
- 凡人は「共感性」を軸にする
- 秀才は「再現性」を軸にする
- 天才は「創造性」を軸にする
この違いにより、コミュニケーションがうまくとれない。
なぜ天才は、凡人に殺されるのか
共感性や再現性はある程度数値として計測できるが、創造性は視覚化できない。
そのため、天才はその才能に気づいてもらえない。
天才の才能に気づけない凡人は、「何言ってんだお前?」となる。
大多数の凡人からの反発によって、天才の芽は潰されるのである。
これが「多数決」の怖さであり、大企業にイノベーションが起きない理由。
しかしこれは、凡人による「反発の量」によって、天才の持つ創造性を間接的に観測することができるということでもあるのだが…。
三者の間を取り持つ存在がいる
凡人・秀才・天才は理解し合うことができないことは上述の通りである。
では、なぜ社会はうまく回っているのだろうか?
それは、三者の間を取り持つことのできる『アンバサダー』と呼ばれる種類の人間が存在するから。
彼らは「共感性と再現性」や「再現性と創造性」など、二つの才能を持っているので、両者のことを理解することができる。
もし、凡人が秀才の手を借りたい時、その間を取り持つアンバサダーを先は味方につけることが大事なのだ。
自分の中の天才を解放しよう
また、忘れてはいけないのが、誰の中にでも三者が存在しているということ。
凡人でも、再現性や創造性といった才能は持っている。
大事なのは、自分の中にいる天才を押し殺してしまうストッパーを外してあげること。
このストッパーは、大人になるにつれて学校教育の中で知らぬ間に作られてしまったもので、そのストッパーに気づき、自分の中の天才を解放してあげれるかどうかが、自分の才能を飛躍させるために非常に大切になってくる。
才能×武器の組み合わせが必要
自分の中のストッパーを外し、才能を解放できたとしてもまだ足りないものがある。
それが武器だ。
自分の才能を最大限引き出すことのできるもの。
例えば、画家にとっての筆、音楽家にとっての楽器、プログラマーにとってのPCなど。
天才とは
- 自分の才能を理解し、その才能にあった武器を見つけている
- 自分の中のストッパーを外し、才能を解放している
これらの条件を満たしている存在が、いわゆる『天才』と呼ばれる存在になり得る。
感想
これまで、「世の中には凡人と天才がいるんだなぁ」というざっくりとした区分けでしかなかったのですが、その視点が大きく改変されました。
これまで、自分にはどんな才能があるのか、その才能に合った役割はなんなのか、別の才能を持った他者とは同接すべきか…、そういったことがかなり曖昧なまま、手探りで生きてきたんだなぁと。
著者の言うことをすべて盲信する気はありませんが、自分や他者を見る際の視点が一つ、いや2つか3つほど増えました。
自分はどの立ち位置にいるのか考えながら読むと非常に面白かったです。
また、自分も天才になり得るんだという期待感も得られました。
小さい時から天才と呼ばれる人たちは、早い段階で自分の才能を引き出してくれる武器に出会い、自分にストッパーをかけることなく成長できた運のいい人なんだ。
運の悪かった私たちは、これからその武器を見つけ、ストッパーを外せばいい。
ただそれだけのことなんだと。
買うべきか?
正直、「これは必ず買うべき!最高の本だ!」とまでは言いませんが、買って損はないです。
よほどお金がなくて、買うべき本を慎重に選ばなくてはならない…!という状況ではない限り、オススメできます!
- 自分に新たな視点を少しでも取り入れたい人
- 実際に職場で人間関係に悩んでいる人